国際税務

家族が海外に住んでいる、海外に資産がある——「国際相続」で慌てないための基礎知識

2026年8月16日読了時間: 約10

「長男は数年前からシンガポールで働いていて、もう向こうに家も買った」「退職金の一部をハワイの不動産や海外の証券口座に置いている」——こうしたお話は、いまや珍しいものではなくなりました。ご家族の暮らしや資産が国境をまたぐようになると、相続もまた「国際相続」となり、国内だけで完結する相続とは勝手が違ってきます。

国際相続でよくあるのは、「海外にいる相続人には日本の相続税はかからないだろう」「海外の資産は日本の税務署にはわからないはず」といった思い込みです。しかし実際には、誰にどこまで課税されるかは住所や国籍などの組み合わせで細かく決まっており、海外資産の情報も各国間で自動的にやり取りされる時代になっています。今日は、国際相続で最初に押さえておきたい基礎を、順を追って整理します。

「国際相続」とは何か——3つの要素で課税範囲が変わる

日本の相続税は、「誰が亡くなったか(被相続人)」「誰が財産をもらうか(相続人・受遺者)」「どこにある財産か(国内財産か国外財産か)」という3つの要素の組み合わせで、課税される範囲が決まります。

ポイントは、日本の相続税が「財産の所在地」だけで決まるわけではないということです。被相続人や相続人が日本に住所を持っていたか、日本国籍かどうか、そして過去にどれくらい日本に住んでいたかによって、「海外にある財産まで日本の相続税の対象になる人」と「日本国内の財産にしか課税されない人」に分かれます。この区分を、専門的には「納税義務者の判定」と呼びます。

海外移住や海外投資を検討されている方は、この判定の仕組みをあらかじめ知っておくと、「どの財産が将来の日本の相続税の対象になるのか」を早い段階で見通すことができます。

相続税の納税義務者判定と「10年ルール」

相続税の納税義務者は、大きく「無制限納税義務者」と「制限納税義務者」に分かれます。無制限納税義務者は国内財産・国外財産の両方が日本の相続税の対象となり、制限納税義務者は日本国内にある財産だけが対象となります。

判定でカギを握るのが、いわゆる「10年ルール」です。被相続人や相続人が日本を離れて海外に住んでいても、「相続開始前10年以内に日本国内に住所があったかどうか」が問われます。ざっくりとした考え方は次のとおりです。

状況の例 課税される財産の範囲(イメージ)
被相続人・相続人ともに日本在住 国内・国外の全財産
相続人が海外在住だが、相続開始前10年以内に日本に住所があった 国内・国外の全財産
被相続人が海外在住だが、相続開始前10年以内に日本に住所があった 国内・国外の全財産
被相続人・相続人ともに、相続開始前10年超にわたり日本に住所がない 原則として日本国内の財産のみ

つまり、「海外に移り住んで数年」という段階では、まだ国外財産も含めて日本の相続税の対象になり続けるのが一般的です。日本国籍の有無や在留資格の有無なども加味されるため、実際の判定はさらに細かく分かれます。ここでは「10年住み続けて初めて国外財産が日本の課税対象から外れていく」という大枠のイメージを持っていただければ十分です。

納税義務者判定で注意すべきポイント

  • 「海外に住んでいる=日本の相続税と無関係」ではありません。10年以内に日本に住所があれば、国外財産も対象になり得ます。
  • 判定には被相続人と相続人の「双方」の状況が関係します。片方だけを見て判断しないことが大切です。
  • 「住所」があるかどうかは、住民票の有無だけでなく、生活の本拠がどこにあるかという実態で判断されます。形式だけを整えても実態が伴わなければ認められないことがあります。
  • 判定の枠組みは税制改正の対象になりやすい分野です。過去にも居住要件や年数の見直しが行われてきました。実行前には必ず最新のルールを確認してください。

海外資産があると生じる二重課税——外国税額控除の仕組み

海外に不動産や金融資産をお持ちの場合、その財産の所在地国でも相続税に相当する税が課されることがあります。同じ財産に日本と外国の双方で相続税がかかると、二重課税になってしまいます。これを緩和するのが「相続税の外国税額控除」です。

外国税額控除は、国外財産を相続などで取得し、その財産についてその国で相続税に相当する税を課された場合に適用できます。控除できる金額は、次の2つのうち「いずれか少ない方」とされています。

  1. 外国で実際に納めた相続税に相当する税額
  2. 日本の相続税額 × (その相続人が取得した国外財産の価額 ÷ その相続人が取得した財産全体の価額)

外国で納めた税額を日本円に換算する際の為替レートの扱いなど、計算には細かな注意点があります。なお、日本国内の財産にしか課税されない「制限納税義務者」には、この外国税額控除は適用されない点にも注意が必要です。

外国税額控除で注意すべきポイント

  • 二重課税がすべて完全に解消されるとは限りません。控除額には上限(前述の「いずれか少ない方」)があるためです。
  • 適用を受けるには、外国で課税された事実や納税額を証明する書類が必要になります。海外の相続手続き(プロベート等)は時間がかかることが多く、日本の申告期限との兼ね合いに注意が必要です。
  • 国によって相続税・遺産税の有無や仕組みは大きく異なります。「相続税がない国」もあれば、日本と課税の考え方が異なる国もあります。

海外資産は「見えている」——国外財産調書とCRS

「海外の資産は日本の税務署にはわからない」という認識は、もはや実態に合いません。近年は、海外資産の把握が制度的に大きく前進しています。

ひとつが「国外財産調書」です。その年の12月31日時点で、価額の合計が5,000万円を超える国外財産を持つ居住者(非永住者を除く)は、翌年6月30日までに国外財産調書を提出する義務があります。この調書を期限内に提出しておくと、記載した国外財産に関して申告漏れがあった場合でも過少申告加算税等が5%軽減される一方、提出がないと逆に5%加重されるという、いわば「アメとムチ」の仕組みになっています。

もうひとつが「CRS(共通報告基準)」です。これは各国の税務当局が非居住者の金融口座情報を自動的に交換し合う国際的な枠組みで、日本を含む多くの国・地域が参加しています。海外の銀行や証券会社の口座残高などの情報が、日本の国税庁にも自動的に届く仕組みが整っているということです。

報告義務で注意すべきポイント

  • 国外財産調書は「相続税」ではなく主に「所得税」の枠組みの提出書類ですが、海外資産の全体像を税務署に示す重要な書類です。相続の場面でも、海外資産の存在を家族や税理士が把握する手がかりになります。
  • 5,000万円の基準は「国外財産の合計額」で判定します。個別の口座ごとではなく、海外にある財産を合算して考えます。
  • CRSにより海外資産は「申告しなければわからない」ものではなくなっています。正しく申告することが、結果的にご家族を守ることにつながります。

税金だけではない——海外の「相続手続き」という壁

国際相続で見落とされがちなのが、税金以前の「手続き」の問題です。日本では、相続人が遺産分割協議を行えば、比較的自分たちの手で名義変更まで進められます。しかし、英米法系の国(アメリカ、イギリス、シンガポール、香港など)の多くでは、亡くなった方の財産はいったん凍結され、裁判所が関与する「プロベート(probate、検認手続き)」を経なければ相続人に分配されない仕組みが一般的です。

プロベートは、現地の裁判所への申立て、資産・負債の確定、債権者への公告などを経るため、完了までに半年から数年かかることも珍しくありません。その間、現地の口座は凍結されたまま引き出せない、という事態も起こり得ます。国によって手続きの呼び名も内容も異なるため、大まかなイメージとして次のように整理できます。

手続きのタイプ 主な国・地域の例 特徴(あくまで一般的傾向)
遺産分割協議が中心 日本など 相続人間の合意で進めやすい
プロベート(裁判所関与) 米・英・シンガポール・香港など 手続きに時間・費用がかかりやすい
公証人が中心 一部の大陸法系の国 公証手続きを経る国もある

日本の相続税の申告期限は「相続開始を知った日の翌日から10か月以内」です。海外の手続きに時間がかかると、この期限との板挟みになりがちです。海外資産がある場合は、手続きに要する時間を早めに見込んでおくことが欠かせません。

海外の相続手続きで注意すべきポイント

  • 現地の手続きには現地の言語・法律の知識が必要で、日本から独力で進めるのは容易ではありません。現地の弁護士等との連携が現実的です。
  • 遺言書の有無や形式によって、手続きの負担が大きく変わることがあります。海外資産については現地の方式に沿った遺言の準備が有効な場合があります。
  • 為替の変動により、いざ換金・送金する時点での円換算額が想定と変わることもあります。

今日から始める、国際相続への備え5ステップ

  1. 海外に関わる「人」と「資産」を書き出す:相続人・被相続人になり得る人のうち、海外在住の方はいるか。海外にある不動産・預金・証券・保険などをリスト化します。
  2. 住所と居住年数を確認する:それぞれの方が、いつからどこに住んでいるか。「相続開始前10年」という時間軸を意識して整理します。
  3. 各資産の所在地国のルールを調べる:その国に相続税・遺産税があるか、名義変更(プロベート等)にどんな手続きが必要かを確認します。
  4. 報告義務の該当を確認する:国外財産が合計5,000万円を超えていないか、国外財産調書の提出が必要かをチェックします。
  5. 専門家に早めに相談する:国際相続は日本と現地の両方の視点が必要です。日本の税理士に加え、現地の専門家とも連携できる体制を、相続が起きる前に整えておくと安心です。

おわりに

国際相続は、「どの国に、誰が、どんな財産を持っているか」という組み合わせによって結論が大きく変わる分野です。同じ「海外に資産がある」というケースでも、住んでいる期間や国籍、資産の種類によって、日本の相続税の対象になるかどうか、二重課税をどこまで調整できるかが変わってきます。だからこそ、一般論だけで判断せず、ご家庭ごとの事情に沿って早めに全体像を描いておくことが何よりの備えになります。

当事務所では、海外移住や海外資産をお持ちの方の国際相続・国際資産税について、現地の専門家とも連携しながらご相談をお受けしています。「うちの場合はどうなるのか」を具体的に確認したい方は、お気軽にお声がけください。相続が起きてからではなく、元気なうちに一度整理しておくことをおすすめします。

<参考サイト>

※本記事は執筆時点(2026年8月)の情報に基づく一般的な解説であり、個別の税務・法務判断ではありません。国内外の制度・税率・ビザ要件・手数料・為替は変動します。実行前に必ず税理士および現地の専門家にご確認ください。

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国際相続相続税納税義務者判定外国税額控除国外財産調書CRS海外資産

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